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あおいけあ日誌
神奈川県藤沢市で福祉サービスを提供しております「株式会社あおいけあ」のブログです。
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…の各施設スタッフによる各施設の日常をお送りいたします★
2012年11月「かながわ福祉サービス大賞」をいただきました!驚いたことにこのブログ、年間10万アクセス超えています。
スーパーKのつぶやきのその後 〜K子のつぶやき〜
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    スーパーKさんは、 6月15日に97歳の人生に幕を降ろし、結を後に黄泉の国へと旅立って行きました。

    彼女が去って1カ月近くが経過し、結では、会議を開き、今回の看取りについて振り返りをし、感想・反省・今後の課題等について、スタッフで意見を出し合いました。看護職ゼロの中、不安も多くありましたが、私たちもスーパーKさんと共にやり遂げました。

    5月10日に初めてのブログを挙げてから、わずか8回で『スーパーKのつぶやき』は最終回を迎えることになりましたが、その中にあった、彼女のつぶやきは、スタッフK子が、それよりずっと以前から、書き留め残しておいたものでした。彼女とK子とは、かれこれ10年来のお付き合い。

    今回の看取りのまとめとして、今度は、K子のつぶやきをお聞きください。


    スーパーKさんへ

    最後まで、生きようと頑張っていましたね
    きっといっぱい抱えた心残りを解決しようと頑張っていたのでしょう
    動けなくなるまで、自分と向き合い、トイレにも頑張って行こうとし、また、ウクレレの会の時も、休みながらでも一生懸命参加し、大きな声で歌ってくれていました
    人間の生き様をしっかりと見せてくれたと感謝しています
    自分の強い意志で生きていくことはなかなか大変だったことでしょう、思いどおりに行かないことも一杯あったでしょう、戦争に巻き込まれ、台湾からの引き上げなど、並々ならない苦労を、強い意志で乗り切ってきたのでしょう。
    元気な頃に、『辛いことや、大変だったことが、一杯あったけど、一生懸命やってきたから、よく頑張ったなと、良い思い出になっているんだよ』と言ってくれたことを思い出します
    『いろんなことがあったけど、辛いことばかりだったね』と亡くなる少し前に言っていた事も、本音でしょう
    でも、後に残る私たちに、一人の女性の生き様を見せていただいた気がします
    少しずつ食欲も落ち、水分も飲みたくなくなり、それでも頑張って立って歩いて、文句を言って、そして側にいる私たちへの心遣いも忘れず、さすが姉御肌のKさんでした、生きようとする気迫は素晴らしかったです
    Kさんの意志が何処まで反映されていたかは分かりませんが、強い意志で自分を奮い立たせていたようにみえました
    亡くなる前日に、冷たいビールの缶を手のひらに受け、にこっと笑顔を見せてくれたKさん、耳元で大好きだよと声をかけると、腕を伸ばして首を抱いてくれたKさん、赤とんぼの歌を歌うと、唇を動かし一緒に歌ってくれたKさん、最後まで人への気遣いを忘れなかったですね
    死を恐れながら、でも少しずつ、『良いことも、悪いこともあったけど良い人生だった』と全てを受け入れられたのでしょう、穏やかなお顔でしたね
    本当にいろいろと教えて頂きありがとう御座いました、ゆっくり休んでくださいね

    追悼の言葉のようになってしまいましたが、Kさんはほぼ自分の意志を貫いたと思います。息子さんが、医師同士の連携の悪さから、自分の決断(このまま自然に任せる)に不安を感じられてしまった事は残念でしたが、スタッフ達がいろいろとお話をすることで、安心なさった事は良かったと思いました
    最後にお部屋で利用者さんたちがお焼香も出来、また短い時間でしたが、最初の入居者である事と、10年という長いお付き合いであった事等、ご家族とスタッフ達とで思い出話が出来、ご家族のご苦労もねぎらえ、本当に良かったと思いました

    この10年、Kさんから認知症を抱えて生きる方の辛さや戸惑いを教えてもらいました、
    その時の、自分の状態を言葉で表してくれたので、その時々の思いが良く分かり、どの様にその思いを支えるのか考え、とても勉強になりました。
    周りにいる人が、認知症をよく理解し、不安感を受け止めることが出来て、そっと支え、安心で安全なのだと感じてもらえれば、不自由であっても、心穏やかに、普通に近い生活が出来るのだと確信しました。そのためには、もっとコミュニケーションのスキルアップをしなくてはいけないのだと反省しています。


    会議の前に、自分の意見を管理者さんへ提出しておくことになっていたのですが、K子は、一人、思いの丈を手紙にして来ました(ビービー泣きながら・・・、しかも手紙形式
    でも、恐らく、一番、ずっと、スーパーKさんの言動を真摯に受け止め続けたK子だからこそではないかと思いました。
    そして、また、「私たちの仕事って何だろう?」と改めて問われている様です。


    しゃっちょからも、『エンディングノート』なる物を活用する宿題が出されているとのこと。


    スーパーKさんの旅立った後も、我ら結の介護職のケアの探究の旅は続くのであった・・・



    ガラスの下駄@結

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    〜最終章〜
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       主を失った部屋に足を踏み入れる。

      そこにスーパーKさんの姿をもう見ることがないことに実感が湧かない。

      平成23年6月15日、午前8時過ぎ〜9時前の間に、スーパーKさんは、97歳と7カ月あまりの人生の幕をおろした。

      最期の瞬間は誰にも見せなかった。Kさんらしいと思った。

      長男のFさんY子さんご夫妻が見え、続々と出勤以外のスタッフが集まった。

      みんながお顔を拝見する度、うわっと涙する。
      それぞれの思いを口にし、安らかなお顔に安堵し、最期の苦しさを乗り越えたことを労い、涙がひとしきり治まると、FさんY子さんご夫妻とKさんの思い出話しをした。

      アカデミー賞作品映画『風と共に去りぬ』の主人公・スカーレットオハラ並みの激しい気性で、最初の結婚に至る過程までもが、ほぼ、映画と重なる事実を振り返り、改めて、最期の最期まで気丈だったKさんのすごさをみんなが讃えた。

      ご利用者さんも、お線香を焚いてお別れをした。

      スタッフが薄化粧を施したお顔は、ずいぶんと頬がやせこけてしまったものの、元の玉子型のきれいな面長の顔立ちの面影を残しており、とても綺麗なお顔であった。

      そして、昼過ぎに、みんなに見送られてホームを後にした。
      (スタッフIと私は、他事業所のレク企画の日で、このお顔を拝見できず、お見送りにも立ち会えなかったのが残念なことだったが・・・)

      思いもよらず患った「認知症」という病気を抱えながらも、10年あまりもの長い年月、記憶の闇の中をもがき、さまよいながらも懸命に生き抜いた・・・人として「生きる」ことの真摯さというのでしょうか・・・
      ただ必死に生きた、その姿に畏敬の念を抱かずにはいられません。
      (私の頭では、こんな表現しかできないのですが・・・)

      「あの世に行ったら、ヨイヨイ(両手をお化けのように胸の前で揺ら揺らさせながら)で、毎晩、酒を飲みに来たよぉ〜、って、出てこようか!!!」って、元気な時には、冗談で言ってましたね。
      そして、スタッフに「本当〜、Kさんなら出てきそうだよねぇ〜。そうしたら、いっぱいやろうね」なんて笑って話していましたね。

      もう会えないことは、寂しいです。

      けれど、姿形がなくなってしまっても、こうして一人ひとりの心に大きな贈り物を残してくれるのですね。

      手足の指が紫色がかり、じんわり冷たくなり始め、少しずつ硬くなり始めるその肌に残った温もりと、心に残して貰った物を大切にしていきます。

      きっと、ずっしりと心の中に太い幹として根を張り巡らせ、この先「生きる」ことの道標になってくれるのではないかと思います。

      本当の思いを知る由もありませんが、こうして、感謝の気持ちを抱く者がいる事実が、少しでも心を軽くし、安らかに眠られますように。

      ありがとうございました。
      グッドバイ







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      言葉にならないつぶやき
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         「×○△☆§÷※ΠΛ・・・」 酸素吸入を始めてずいぶんと呼吸が楽になり
        よった。けれど、私の話すことは、皆には ↑ こんな風にしか聞こえとらんらしい。かすれているし、内容がイッチョー通じとらんらしい。

         喉に痰がごろつきよっているけれど、きれいに拭って貰う程度でどうにかなっとるから、おしゃべりできとるよ。

         私がずっとずっとおしゃべりを続けたからだろうねぇ、そして、こうして今も、まだ私は皆としゃべりたくて、しゃべりよるんよ。 

         今日はK男と私の写った写真を大きくして私の部屋に持ってきてくれよった。何年前だったかねぇ、あの子に会ったのは・・・
        (写真を見せてK男さんの名前を言うと、身を乗り出さんばかりの様子。分かってますねぇ。)

         今日も代わる代わる皆が来よる。「Kさん、お酒!」の一言にも満面の笑み。私はね、お酒と甘いもんが好物なんよ。とんとご無沙汰しとったけど、皆とはよくお酒を飲んだもんだ。外にも飲みに行きよったなぁ。
        F男とY子さんも毎日顔を見に来よる。嬉しいねぇ。私はずっと、あんたら夫婦の後を追いかけて暮らして来とるからね。私が、あんたらのことを分かってると感じてくれて嬉しいよ。

         活動量が落ちたとは言え、4日まで、まだ「通帳」や「お母さん」について主張をしていたスーパーKさん。体当たりの毎日でした。
         その後からトイレにも立てなくて行けなくなったけれどその日を境に、言葉での主張は身体を使っての主張となり、8日からは多少は身体で主張することはありますが、聞く立場に変わりました。そして、本来のもてなし体質で、代わる代わる訪れる私たちを笑顔と「×○△☆§÷※ΠΛ・・・」とおしゃべりでもてなしてくれます。

         私が残念に感じるのは、昨日の夜勤で、お部屋に行って状態が安定している様子のKさんと過ごしている時に、よく聞き取れないほどのかすれた声で

        「は・ひ・が・とう・ほざいまふ・・・」←何ておっしゃているか分かります?

        「ありがとうございます」↑ なんですよね。ガーンではありませんか。こんな、Kさんの有事に、気を遣わせている・・・こちらの未熟さを痛感する一こまでした。

        8日から固形物を口にしていません。10日には排泄がまったくありませんでした。あとは、Kさんの余力のみ、ということになります。
        今日も、Kさんと私たちは、笑って歌って、心で通じたと思います。

        ガラスの下駄@結
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        つぶやかない私
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           私はつぶやかん、いや、つぶやけんくなった。

          ・・・と果たしてそう言っているのか、本当は分からない。ただ、推し量るのみだが、それは、間違っている可能性があり、仮にあながち間違いでなくても、本当の本人の思いを知る術がないことに、今更ながら無力さを感じたり。
          「私のつぶやき」はご本人の言葉をそのまま記しましたが、心のつぶやきは目には見えませんから。


          今朝以降、いっちょー体が動かん、口の中が乾いて言葉も出ん。それでも、寝とる私の髪を束ねるも
          んがおるから、手を振ってよさんか、という仕草をした。

          体が震えよった。手と足が紫がかっとるって、保温してもらったら温まってきよった。ただ眠るばかりだ。血圧は上が少し低いらしい。けど、私の血圧は、元気な時でも同じような値がみられていたから、驚くほどではないね。
          でも、喉の辺りがごろつき、粘りつく痰が気になりよる。今朝から、これまでになかったことが起こっているらしい。

          午後には高熱が出始めよった。

          夕方には、元々診に来てくれる予定だった先生が来よった。息子のFと嫁さんのYもおって大勢おるね。注射をしてもらったよ。熱が下がるよう薬ももらうことになった。でも、血圧はずいぶんと低いんだと。ただ横たわりここにおるのがやっとだよ。

          夜には呼吸の助けに酸素吸入してもらい始めた。

          今日は、しゃべらんかった。しゃべれんかった。

          私が今日のこの状態に至るまでに、実際には、もっと何か状態を改善なり向上なり、出来ることはあったのかもしれん。けれど、私はギリギリまで自分の意思を通したつもりでおる。その意思があったからこそ、私はここまでかくしゃくとした私を保てたんよ。

          ・・・そうではないかと思っています。自分の無力さを感じつつも、このことは、あながち間違っていないのではないかと。

          聞いていますか?聞こえていますか?もともと耳が良いスーパーKさんですから、きっと聞こえていますよね。

          K男さんにお電話しましたから。

          ガラスの下駄@結
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          私のつぶやき
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             6月7日 結のケース会議がありました。
            この日は、ホーム敷地内の別棟で会議開催。 午後8:30管理者さんの携帯が鳴る

            スーパーKさんの様子がちょっと心配・・・と夜勤者さんから一報。でも、バイタルはしっかりしている様だし、呼吸も辛い様子はなさそうなので、会議は続行。

            9:00、遅番さんがトントントン「すみません、やっぱりいつもと様子が違っていて・・・」
            一段落ついた会議は、もともとKさんのことも移動してホームで話し合う予定だったので、全スタッフ移動

            ざかざかスーパーKさんのお部屋へ。「スースー」呼吸も安定。ちょっと横だけ向いておこうか。って、ちょっと声掛けた途端「何すんねん」みたいな表情に。手でシーツをぎゅっと掴んだ
            いやいや大丈夫だね、と皆失礼し始める。 最後の方に失礼するスタッフに

            「あんたが悪い 

            が〜ん
             おっしゃる通りでございます。突然大人数でやって来たかと思えば、皆で勝手なこと言って、勝手に出て行ったのですから。

            そう、私はただ寝とっただけね。何やよう知らんけど、人の邪魔しといてごめんなさいもありゃせん。

            かと思うと、もう一人のスタッフに

            「困ったことがあるからどうにかして」
            って。すぐ来るので待って頂けますか?と返答するスタッフに「うん」とうなづく。

            そして、改めてスタッフが伺うと、

            「早くお家に帰りたい。お家に帰りたい。」
            って、この頃の泣き方は半端ない。小さな顔を両手で覆っておいおいと・・・そうだね、お家帰りたいですね・・・ただ寄り添うしかないスタッフOなのでした。

            それでも自分が泣いてしまったことを分かっていて、言葉では言わないけれど、目でスタッフに「出ってって良いよ」と合図する。 

            「もう大丈夫だよ」と。スタッフは知っています。Kさんは頑張りや、弱みをなかなか人には見せない人。察してスタッフが失礼して扉を閉めると・・・中から嗚咽が・・・

            こんなことってあるのです。こんなことが。重度認知症になり、いわゆる終末期を迎えておられる方が、人を気遣い、自分の誇りを守ろうとしている。
            この事実に、心から畏敬の念を抱かずにはいられないのです。

            1日経過したスーパーKさんは、とうとうトイレに起きる力はなくなってしまった様です。それでも、汚れをきれいにし終えた所へ訪ねた別のスタッフが、手や顔に触れると

            「きたないから触らんでいいよ」と言ったかと思えば

            「最近いっちょーご飯が出て来んね」と言い、内心(え〜、ご飯かいな)とちょっとうけてしまっスタッフが「ごめんなさい」と言うとにこりと笑いました。

            当然、この後、大急ぎでご飯をお持ちしましたが、やはり食べられませんでした・・・。

            スーパーKさんがスーパーな方だって、今日のこれだけでも伝わりましたよね。

            ガラスの下駄@結
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            私のつぶやき
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               全くどうしたって言うんだい、身体に力が入らなくてふらふらしとるよ。
               
               それでも立ち上がる、分からんこと言うとるから腹も立つ エレベータ???そんなもん知らん、何だか分からん、とようやくの思いで介添え・見守られながらも自分で下へ行った。
              (降りたんだねぇ・・・)
               
               分からんちんばっかりで腹が立ってたけど、すっと自分で手を伸ばし、スプーンで玉子豆腐を1個分近く食べた。ほんのちっとは腹が空くんかね。
              (食べたんだねぇ・・・自分で・・・ご飯やお箸の理解ができなくなって長らく自分で食べることができないできていたのだけれどねぇ)

               外へ連れてってくれてありがと。みんなに手を振ってもらえるのは嬉しいねぇ。今日はこれで2時間くらい床を離れたねぇ。
              (特大の笑顔

               この後は、よう起きれんだった。みんな気にして見に来てくれるけど、寝ていることが多くなりよった。身体を気遣って見に来てくれるのは嬉しいね。そんな気分の時には、ちょっと口に含むことも上手くいきよる。
               でも、下の方がソカプロ(台湾語)になりよったら、イッチョー気分は悪いばっかりだ。そんな時に顔を見せたって良い顔なんかできるもんかいご不浄に行きたくたって力が入らんから行けん、あんたの来んのが遅いんよ。
              (でも、一度ようやっとで行ったんだ。まだ、気持ちはあるんだよねぇ・・・)

              もう何もしゃべりとうない。ZZZZZZ  18:00

              長~い眠りだったかね。途中で声をかけられたみたいだけどうるさかったねぇ。飲まず食わずいたから力が入らんで逆さ向きになってしもうた。それでも手を貸してくれるならご不浄に行きますよ。

              「もう、死んどる。働けんくなったからね」 

              寂しそうに悔しそうに言うスーパーKさんに、代わりに私が働くから大丈夫だから・・・とスタッフが言えば

              「それじゃダメなんだよ」とまた、力なく寝付く。 翌5:30

              どこからどこが境で、起きとるのか寝とるのか、いっちょー分からんばっかりだ。目覚める度、大切なもんがなくなってるように思えてならないよ。

              ここ1週間でまた段階的に全体的な低下が見られ、床に居る時間が増えているスーパーKさんの1日でした。

              ガラスの下駄@結
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              私のつぶやき
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                 午前中に車いすで外へ行った。戻ったけれど、何だかまたすぐ外へ行きたくなりよった。夢中だったから勢いよく自分の足で歩いたけど、数メートルの所で急に疲れてしもうて、助けて貰った。
                 ご飯はよう食われん、水もあんまり飲めんでえらいしんどいなぁ。外から戻って昼前から18:00頃まで寝よった。声掛けられてもよう分からんだったけど、開口一番・・・

                「預金通帳???」 これははっきり言うたん。こんな時でも大事なもんですから。

                 ちょっとお水を飲んだら力が湧いて、皆の所までそろりそ~ろり歩いたよ。皆、私の笑顔が好きなんだね。皆が嬉しいと私も嬉しい。

                「か~らぁす~ なぜなくのぉ~ からすはやまにぃ~・・・Φ☆ΛΣ・・・」
                ちょっと、よく歌えなくなったけど、皆と歌えると嬉しくなるよ。

                 それでも座っとるのもしんどくなってきよる。4月になってから、泣き虫にもなりよった。すぐに涙が流れよる。嬉しい・悲しい・寂しい、色んな涙だね。心配で不安で胸が張り裂けそうだよ。

                「お願いします、お母さんが困りよる、お願いします」、と両手をすり合わスタッフに懇願。隣に座って手を取って貰ったら、涙が出よる。嗚咽も力が入らん。勧められて横になった。すぐに眠れるねzzzzz

                夢でも見とるんか、フワフワ気持ちええ様な、片手でトントンリズムを取りながら
                「〇×△Σ☆ΛΦ・・・」
                10分ほど寝とるのに歌っとったみたい。自分を励ましてんのかねぇ。

                どこからどこまでがどうなのか、1日がどこで始まってどこで終わりよるかも分からんが、これで今日は眠りにつくよ。
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                私のつぶやき
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                   「K男、しっかり生活してくれ・・・」 と、ただ手を合わせる。 5月10日

                  ずっと独り身で、遠くに暮らす息子さんのことを心配し続けている日々。待ちわびています逢いたい。

                  「ごめんなさい。迷惑かけるね。私はもう終わりかね・・・」 と、涙ぐむ。 5月13日早朝

                  4月に入って、排泄のトラブルが急増。この日も、気配がせずスタッフの関わるタイミングがずれてしまったため、失敗してしまった時のこと。

                  スーパーKさんがスーパーたる所以は、お年もさることながら、認知症を発症して恐らく10数年、病気の状態も5〜6年前から瞬く間に混乱の渦に飲み込まれ、精神的な混乱は増す一方、普通なら身体的にも影響が出てきて歩けなくなったり、嚥下に支障をきたしたり、言葉を失ったり、もっと早い段階でその様な時が訪れているのでは・・・

                  それが、4月に入って活動量がガクッと減り、感情の波も激しさを失いつつあるけれども、自分の思いを皆にぶつけてくる。立ち上がり、力いっぱいやってくる。そういう時は、自分の世界観で話をしていて、こちらから見ると「支離滅裂」な内容で、前述のようなつぶやきと違って、何を言っているのかを理解ができない。
                  そうして言うのです。真意を推し量ろうとするスタッフに「あんたの思っていることと、私の思っていることは違うんよ。」と。
                  そんなことまでお見通しなんです。ただただ愕然・・・
                  細い小さい体で、昨年末以降減るばかりの飲水量と食事の量でも、今、まだ、自分の足で立って歩いて、自分の思いを口にし続けることが出来るその凄さ 
                  そして、つぶやく時は、決して支離滅裂ではなく、ハッキリと言うのでした。

                  スーパーKさんがスーパーKさんたる所以なのでした。

                  でも、眠る時間も増えてきていて、数日前の往診では、少し胸の音が・・・ということで誤嚥性肺炎にならないようにと、痰切れのお薬が処方されるようなことも。ほとんど目立たないけれど、先週くらいから、少しむせることが見られていて心配をしていた所。
                  これまで誤嚥の心配はあまりなかったのですが・・・あれだけ喋っていることが嚥下の筋肉を衰えさせなかったのかな、なんてスタッフ間では話していたり。

                  余計な話がつきましたが、追って、スーパーKさんのつぶやきをお知らせしていきます。


                  ガラスの下駄@結
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                  私のつぶやき(初回長編番)
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                     私(スーパーKの一人称)の状況をすぐそばで見てるスタッフの代筆ツイートです。
                    ターミナルも含めた介護を行っています。
                    時々つぶやくとのことです。 
                    byしゃっちょ
                     



                    平成13年12月1日、グループホーム結が開設した。

                     私(スーパーKさん)はその時からここに居る。今年98歳になるけれど、今では、僅かな水分と食事しか摂れなくなってきていて、随分としんどくなってきておるんよ。もうやめたいって思うこともあるけれど、やり残したこと、気がかりなこと、あの時どうしてああせんかったかって後悔することなんか色々あって、やめられないから、毎日、気力を振り絞って生きとるんよ。最期は笑顔で『グッドバイ』で終わりたいねぇ。

                     ここへ来てしばらくは、自分が何故ここへ来たのかがよく分からなくて、自分の物は無くなってしまっているし、どうなってしまうのか、とにかく不安で頭がおかしくなりそうだったね。それでも、自分が前の家を引き払って越してきたことや旦那が死んで一人になったことを少しずつ思い出す事ができて、頭の中が整理されたら落ち着けたよ。どこかへ出かけてここへ戻れば「あ〜我が家へ戻った」って思ったし、「一生いていいんだよ」って言って貰えると本当に安心できたんだよ。
                     毎日多少分からない事があって困っても、少し声をかけて貰ったり、やり方の説明をして貰えれば、たいていのことはやったんだよ。掃除・洗濯・買い物・料理・おしゃべり、何だって私の右に出るもんはなかったよ。戦後の大変な時代を生き抜いてきたんだから、何だって自分でやれるもんさ。そうやって生きてきたんだ。息子が一緒に住もうなんて言ってくれたこともあったけれど、気を遣うのが嫌だったから、突っぱねてきたんだ。ここで、皆と暮らしていればその方が気楽だったんだよ。

                     それでも、少しずつ、分からない事が増えてきて、それまで口に出したこともない様なことが口をついて出てき始めたよ。お母さんのことが心配で心配で仕方なくなってきたんだ。平成18年8月、初めてお母さんを探しに外へ飛び出したんだ。この頃からかなぁ、「いっちょー分からん」って毎日叫んでいたよ。頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって、何が何だか分からないんだ。自分が分からない事が分かるって、かなり辛いことなんだよ。他の人からも余計なことを言われたりして、傷ついたねぇ。色々な事が分からないっていったって、人から馬鹿にされていることはしっかり分かるもの、たまらないよ。

                     色々なことが分からないから「自分は馬鹿になった」って思うけれど、何も分からない訳じゃない。皆がどう思っているのか、そんなことはよく分かるし、その時その時、色々なことを考えているし、その時その時が真剣、どれも本当の私だね。ここから私が過去(ここ1、2年)に言った言葉を並べてみようかね。

                     『いろんなことがあったけどいい人生だったね ; ある朝、目覚めて起き上ったときに

                     『大変なことがいっぱいあったけど、その時一生懸命頑張ったから、思いだしたときに辛くないの。よくやったと自分を誉められるから』 ; 戦後引き上げの時の話をした後で

                     『お母さんを道端に捨ててきてしまった、もう死んじゃってるかもしれない、探さなくちゃ』 ; と外へ

                     『考えているうちに、何を考えていたかを忘れちゃうのよ』 ; ソファーでぶつぶつ言いながら考え事をした後で
                     
                     『一生懸命考えてもさっぱり分からん、もう疲れたから考えるのをやめよう』 ; ソファーでボーっと考えた後でふと我に返った様子

                     『こんなことも出来なくなっちゃうんだねぇ』 ; 着替える時にシャツの着方が分からず悲しげに

                     『歌をうたっていると何も考えなくていいから楽しいねぇ』 
                     『こんな私が生きている意味って何なんだろうね』 

                     今年に入ってからは、ますます、こんがらがるばっかりでね・・・春頃からはめっきり気が弱くなってきとるよ。

                     『死って暗いね、死ぬのは怖いよ、死にたくないよ』
                     『頑張ったのに辛いことばかりだ』
                     『お母さんは私のこと嫌いなんだよ、どうしてだろう』
                     『もうやめた、もう死のう』『もう頑張れん』
                     
                     毎日気持ちの波がうねっとるよ。でもね、私は毎日精一杯生きとるよ。力が入らない時の方が多いんだけど、こんなに小さな体で必死で生きとるよ。だから、その証に私の心の声を記すんだよ。

                    ガラスの下駄@結
                    スーパーKのツイート@結 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - |